固定観念

最近母に、
「あんた、大晦日どうすんの、今年は・・・!?」
と嫌そうに聞かれ、
「ん〜まだわからん。」
と答える。
「あんた、また働くんかいな、大晦日も。」
と嫌そうに言われ、
「ん〜まだわからん。」
と、答える。
そしてふと今年、去年、一昨年、その前、その前、その前を思い出し、
「大晦日の雰囲気で働くのも楽しいからな。」
と独り言のように言うと母は、
「あんた、やっぱ変わってんな!」
と娘を見るような目じゃないような目で答えた。


でも、実際そうなのだ。
晦日に家で居れるという幸せもあるけれど、
それがあるから絶対的に幸せかというと、
そんな保障はどこにもないし、
逆に言えば、大晦日に働いているからといって、
不幸せなわけでもない。
楽しければ、人間は幸せなのだ。きっと。
生きていると実感出来ていれば、人間はきっと幸せなのだ。きっと。
話広げすぎ?


我々はやっぱり固定観念にとらわれているのだ。
当たり前だけれども、お金があって家族がいても不幸せな瞬間はあるし、
その逆であっても幸せな人は幸せなのだ。

当たり前で、今までわかってたんだけど、
まさに府に落ちるという形で納得したのは始めてかも。

ああ、何かを知るとは面白い。
経験は私の財産。